下関の遊びのことと別府の湯
12月28日、下関のゆめタワーにて恋人ができる願掛けをした私は、長州の雄高杉晋作の史跡を回った。奇兵隊結成の地をまずは行く。説明書きが立っているだけなのだが、あの義経公も戦の前に参拝した神社の下である。あとで神社にも参拝しようと思ったが、結局別ルートで駐車場にもどってしまい、神社には参拝していない。それからまた北西のほうへと歩き、高杉晋作終焉の地へと向かう。ここも石碑が建っておりお賽銭が一枚置かれていた。幕末の維新志士の中でも、なんとなく高杉晋作には憧れを抱く。農民も武士も関係なく、身分に関係なく集めたつわものたち。その意志をまとめて闘いにはせ参じた考えは尊敬できる。そして現在も妙な連中がいるのだが、そこはわからない。いずれわかる日が来るだろう。結論から言えばなんだそんなことかということになると思うが…。
それから厳島神社に参拝し、街をふらふら。下関というのは古い町らしく、一歩中に入ると小さな商店街などが密集している。すでにお店を辞めてしまったようなところもあれば、お店に「今留守にしています」 ののんびりとした張り紙など、どことなく昔ながらの店が続く。本当はそのあたりの写真も載せたかったが、あまりとれていない。
ゆめタワーに戻ってから私は車で温泉へと向かう。下関温泉海の風である。しかし、ここへ行く途中に今日のお宿であるUZHOUSEを過ぎていった。UZHOUSEはあの安倍晋三元首相の奥方、安倍あきえ(平仮名)の経営しているゲストハウスである。ようはあきえの宿である。そんなあきえの宿を通り越し、下関温泉で一風呂。と思っていたのだが、ここは入浴のみはしていないとのこと。町の中には昔ながらの銭湯もあるのであるがいかんせんあきえの宿からは離れている。結局温泉は断念した。そこからの帰りがけ、平家滅亡の地壇ノ浦古戦場にたちよる。源義経と平知盛の像を写真に収め、しばらくぼんやりと潮の流れに目をやっていたのだが、何となく俳句を読んでみた。
潮の目に 思いをはせる 戦場の海
吾子の 届かぬそこに 壇ノ浦
とか考えるが、誰が読んだか、すでに悲しい短歌が刻まれている。
さて、あきえの宿である。朝4時からの下関までの道。午前10時から午後4時までふらふらとしてチェックインである。UZHOUSEはいわゆるゲストハウスで、なんといってもお値段がリーズナブル。私は集団部屋の素泊まりだけで3500円くらいである。チェックインすると、お姉さんが説明をしてくれて、LINEをQRコードで登録。すると宿の説明が送られてきてあとは自由というわけである。出入りも自由、時間関係なく出れるので、夜型の方はできればおひとり部屋をお勧めするが、安く済ませたい人はドミトリーがいいだろう。ここに泊まると何かあるのか? そう思いながら部屋に荷物を置き私は下関の町へと出かけた。
とりあえず腹ごしらえである。まずは酒だ。ふらふらと携帯で検索して適当に居酒屋を見繕う。まずは焼き鳥万代である。こちらも写真を載せておくので。ちなみに串盛り合わせが780円くらい、あと酒は550円くらいが相場である。なにかサラリーマンが飲み会をしていたが、私はカウンターでもぐもぐと一人ビールに焼き鳥をほうばった。そして閉めであるが、ラーメンである。下関といえばフグであるがフグは市場で昼に食べた。市場の食堂は朝6時から列ができていたが、さほどまたずに入れた。
ラーメン屋であるが小さな居酒屋などが入るモールを選んだ。ラーメン泰斗である。こじんまりとした店であるが、なにかおいしそうであったので入ってみた。実際うまい。これも写真を載せていくので参照。下関のラーメン屋は安くておいしいのかと思いながら瓶ビールをまず頼んで、締めて終わった。私は赤間神社にも立ち寄ったが、ここは安徳天皇を祀っている神社である。さて、そしてあきえの宿へ。
内室も写真を撮る予定であったが、取り忘れた。屋上からの眺めを一応写真に撮っているので参照のこと。ちなみに使い勝手であるが、一人旅なら特に不満もなく、ラウンジもあるし、Wi-Fiも完備されており、無料である。もともと若者が安く泊まって何かしら語らうようなことをコンセプトにしているため内装も今どきのおしゃれな感じ。いわゆる廃ビルをリフォームして作ったような感じでいわゆる土地の有効活用というとこころだろうか。宿に帰ってから無料のドリンクチケットでジーマを一本飲んだ。あとは記事を書いて、酒の酔いで寝てしまった。そんな感じで下関の一日は終わった。明日は知覧まで行こうか、それとも別府湯布院へ。はたしてどちらへ行くのか。私の旅は続く。
ゆめタワーからの眺望
下関の裏町、どことなく町かんがある。
古戦場壇ノ浦
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